世の中を性善説で見るべきか、性悪説で見るべきか? おおいに見解の分かれるところである。各人の人生が透けて見える・・・とまでは言わないが、最も人生経験に影響されやすい部分であることは確かだろう。人に騙されたことや裏切られたことのない人は性善説。その逆は性悪説。単純に書きすぎた。性善説派をもう少し減らす必要がある。報道を通じて知るモラルの乱れ、老人や子供を対象にした犯罪の増加。悪事をはたらいても隠蔽工作に狂奔し、それがまかり通ってしまう世の中。昔では考えつかなかったこと(社会に余裕があって単に表に出なかっただけかもしれないが)が多発している。仮に自分が被害者にならずとも他人が被害に遭っている様を見て、間接的に教訓を得る。すなわち今の時代の世渡りは性悪説でなければならない。やれやれ。
結論。世の中を性善説で見る人はキックバック目当ての政治家と役人、そして他人の経験から教訓を得ることができない人。賢い人は性悪説で世渡りをする。
雨で寒い日に文章を書くと、内容が暗くなっちゃっていけないやね。困ったものだ。でも、小市民の処世術としては悪くない線をいってるように思うのだが、どうだろうか? やれやれ。